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私の体験16 人生の一大転機おとずれる

大爆発を起こしたような状態となった私のアトピー性皮膚炎、その真っ暗闇な状態から、
「だまされたつもりで行ってみないか?」と知人にすすめられ、向かったのが、
京都府宇治市にある生長の家宇治別格本山の練成会。
 10日間合宿のような生活が始まり・・・・。

 ここまでの体験はコチラ→私の体験1 夜明け前 から順番にお読み下さい。

 前回の体験はコチラ→私の体験15 父母に感謝すること


 「ああ、あんた、それだ。親に感謝したら、その病気はよくなるよ」そう楠本講師に言われた私。
 親に感謝することの重要性、親に感謝しなければ人生は好転しない、ということは、講師のわかりやすい講話でよくわかった。
 しかし、理屈はわかっても、感情はついてこない。親の顔を思い出せば、ふつふつと怒りが込み上げてくるのだ。いったいどうしたら親に感謝ができるというのだろう?
 私にとって、初めて受けた練成会の一大テーマとなった。
 その答えは、練成会に参加して、4日目の午前にやってきたのだった。この日、私の人生は大きく変わり始めたのである。

 私が参加していた練成会の会場である生長の家宇治別格本山。京都府宇治市にあり、世界文化遺産・平等院よりもう少し奥に入ったところにある。
 この宇治別格本山というのは、生長の家全体から見ると、「仏間」である、言われている。それはなぜかというと、先祖供養の中心地になっているからである。全国、いや世界から、心を込めて書かれた霊牌という紙でできたお位牌が、すべてここに集まる。
 そして「宝蔵神社」という神社の境内の「霊殿」というところに、納められるのである。この神社の本尊は、生長の家の教えを導く生長の家大神を中心に、霊界を司る大国主大神、三十三身に身を変じて衆生を救う観世音菩薩、子供の霊を救う地蔵大菩薩、そして現界、霊界両方にわたって、衆生を導く阿弥陀如来の5つの神仏が祀られている。驚くべきは、神と仏が一緒に本尊として祀られていることである。生長の家の教えは「万教帰一」といって、すべて正しい宗教の教えの根本は一つであり、民族や時代に応じてあらわれ方が違うだけである、本来は一つである、したがって宗教同士、宗派同士が争うことはないし、生長の家を信仰しているから、仏教をやめないといけないということはない、というものだ。
 この考え方は、宗教嫌いで、本来人々を幸福にする使命を持った宗教が、なぜ争うのかと、いつも思っていた私にとって、実にすっきりとした、納得のいくものであった。
 とにかくそういうわけで、生長の家そのものには、本尊がなく、「自分の中にある生命こそ本尊」という考え方だが、ここには、先祖をお祀りし、その先祖を守護し、霊界へ行っても、さらに真理へと導くために、神社を建て、本尊をお祀りしたというのだった。
 説明が長くなったが、その宝蔵神社の月次祭が、毎月13日の午前10時から、一般練成会中に行われるのであった。
 当然、練成会参加者もここに参列する。いつも早朝行事を行う広い畳の部屋・大拝殿に座り、宝蔵神社に向かってお経をあげるのだった。
 これは、「私たちのご先祖様をいつも守ってくださり、ありがとうございます。神様仏様の御心に沿って、私たちと霊界のご先祖様と手を携えて、これからも人々に真理を伝え、皆さんに幸福になってもらうよう努めて参ります」というような意味を込めて行われるのであった。
 お経は聖経『甘露の法雨』といって、生長の家のお経だった。これは仏教でよくあるお経と違って、現代文で書かれており、少し古い言い回しや、言葉もあるが、ほとんどの人が自分で読めて、意味もわかるもので、大変わかりやすい。
 私はこのお経を、練成会に来てから、ほぼ初めて読んだのだが、そのわかりやすさに驚いた。
 それまでお経と言えば、お葬式や法事で、お坊さんが読んだり、詠ったりしているのだが、いったい何をしゃべっているのか?どんな意味なのか?さっぱりわからなかった。しかもその読み方、詠い方がまた独特で、素人にはマネができないものだった。
 だから、生長の家に来て、自分で声を出して読め、しかも意味がわかるというのは驚いたのだった。
 しかし、このお経を読む時間の難点は、「足」だった。常に意識は「足」に集中する。正座で足がしびれるのだ。読み始めたら、しばらくすると、すぐに足が痛くなる。一所懸命お経を読もうとするが、体はというと、痛くなった足を何とかしようと、モゾモゾ、右に重心を落としたり、左に向けたり、まるで畳の上をサーフィンしているような状態になっていたのだった。
 そうなってくると、意味も何も飛んでしまって、頭の中では「早く終わらないか、ああ、早く・・足、アシ、あし~」という状態になっていた。
 
 何度かお経を読むと、終わりに近づいたことを知らせるフレーズがやけに印象に残るようになった。「蚕(かいこ)、繭(まゆ)?あ、あと少し・・・」
 正座を滅多にしたことがなかった20代の私だったので、このお経の時間は苦痛だった。
そうして参列した宝蔵神社月次祭、また聖経読誦つまりお経を読む時間がやってきた。
 
 ところが、この時のお経の時間が、私の人生を大きく変えていくのだった・・・。


 つづく
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