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私の体験4 ついに練成会始まる!驚きの講話 

これまでの体験はこちら→1,夜明け前
                 2,だまされたつもりで生長の家に行ってみる。
                 3,何もしていないうちから「ありがとうございます!」と言われ・・。

 ついに生長の家宇治別格本山に到着した私。案内係の若い女性(1ヶ月単位で、真理を学び、奉仕する研修生が案内係をすることを、1年後、私自身が研修生になってから知る)に連れて行かれたのは、「菩薩の間」と書かれた畳敷きの大部屋だった。
 宇治別格本山は、その後新しい建物が建ち、練成会の主会場も宿泊場所もそちらに移っているが、この時はまだ、宿泊は古い木造の大拝殿1階の部屋で、会場は今は中講堂と呼ばれている古い建物、その1階が食堂だった。

 案内された大部屋は、まさに合宿の雰囲気だった。見知らぬ同志、しかもおそらく私同様に、何か病気や問題があって来ている人たちばかりだろう。10日間休んで、こういう所に来るというのは、よっぽど困っているか、よっぽど好きか、よっぽど暇に違いないと思った。
 初めて会う人たちが同じ部屋で10日間過ごすというのは、それだけで普通ではできない体験だ。本当に10日間やっていけるだろうか・・・。というか、本当に10日間で帰してくれるだろうな・・・。
 ここに着いて心がとても解放された感じがしているのに、その一方で、宗教に対する不信感は、まだ拭いきれないでいた。

 部屋ですぐに二人と知り合った。二人ともうつ病だった。一人は、毎回、次はどこに行けばいいのか?それがどこにあるのか?がわからなくなるので、いつも私のひじをつかんでついてきた。もう一人はいつも顔が青ざめていて、ほとんど話さなかったが、二人が同じ症状で意気投合したらしく、結局私はこの練成会で、しばらくずっとこの3人で行動していたのだった。

 ひじをつかんでついてくる人は美容師だと言った。たまに笑うととても笑顔が素敵で、夜いつも私の分の布団まで敷いてくれた。とても親切なこの人が、どうしてこんなことになったんだろう・・?
 自分のことでせいいっぱいだった私が、久しぶりに人のことを気にしたのだった。

 いよいよ練成会が始まった。私はひじにつかまるその人を連れて、講堂に、おそるおそる入った。
あまり前の方に座ると、講師から見られる。覚えられるのはイヤだし、何か前に呼び出されて、舞台上で踊らされたりしないだろうか・・・と心配だった。そこで、一番後ろの、人の影にかくれて、あまり見えないところに座った。

 初めて聴く宗教のお話。きっとかつて法事の後に聴いたお坊さんのお説教のように、退屈で眠いことだろう。あるいは途中で大声で一喝されたりして・・・と思っていた。

 講師が普通のスーツ姿で入ってきた。「ありがとうございます!」と合掌して挨拶したかと思うと、
講話が始まった。その講話は私にとって衝撃であった・・・。

 会場にいる練成会の参加者は、やはり比較的高齢の方が多かった。中にはおじいちゃん、おばあちゃんと呼んで差し支えない方もいたが、一人として眠っていない。
 会場全体には何か、ゆったりとした、そしてまったりとした空気が流れている。にもかかわらず、何か心がまっすぐくに伸びるような、明るく力強い雰囲気が漂っていた。
 講話といえば、とても面白く、皆がとても引きつけられていた。
 その内容といえば、何も難しいことはない、納得のいく内容ばかりだったのだ。

 あっという間の1時間20分だった。おじいちゃん、おばあちゃんも笑ってゆったり話を聴いている。そしてズンズンと心に入ってくる・・・・。それは私にとって、本当に衝撃だったのだ。
 これは、面白い。よし、これからしっかり話を聴いてみよう。
 そう思って1日目は終わったのだった。

 (つづく)
 
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