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私の体験3 何もしていないうちから「ありがとうございます!」と言われ・・。

これまでの体験はこちら→1,夜明け前
                 2,だまされたつもりで生長の家に行ってみる。

 ついに生長の家の練成会に行く決心をした私。
 とりあえず言われたものを用意して、練成会が開始される5月10日を待った。
それまでに、練成会を勧めた方が、「これ、読んだらいろいろ参考になると思うよ」と言って、持ってきてくれた
生長の家創始者・谷口雅春先生著『生命の実相』第1巻を読んでみた。
 内容は「人間は神の子である」とか、「病気は本来ない」ということが書かれており、とてもわかりやすい文章なのだが、全身が大やけどを負ったような状態となり、かきむしったと思えば、今度は痛み、その繰り返しで苦しんでいた私にとって、「病気は無い」と言われても、心にはなかなか入ってこなかった。
 また、すっかり自信を失い、無力感にさいなまれていた私に、「神の子」と書いてあっても、響かなかった。
 しかし、心は必死でもがき、光を探し求めているので、何とかこの理論を理解しようと、ノートにまとめていたことをおぼえている。
この時、会社から帰ってきた父が、『生命の実相』を読んでいる私を見て、「あれ?『生命の実相』読んでいるのか?」と聞いてきたので、なぜ知っているか聞いてみたら、実は父方の祖母が昔読んでいただけでなく、生長の家の集まりにも行っていたと聞いて、驚いたのだった。
 その話はコチラ→初めて見た祖母
 
 練成会に行く直前、寝たきりの私を有馬温泉に連れて行った。それまで私は、体が辛いことに加え、顔が見るも無惨な状態になっていたので、外出したくなかった。道行く人にジロジロと見られ、気持ち悪がられるだろうと思ったからだ。精神がとても過敏になっていた。
いわば、しばらく引きこもり状態になっていた私だったので、両親はいきなり宗教施設に修行に行くのは、体力的にもきついだろう、と配慮したのだと思う。
 
 赤くむくみ、眉毛が抜けている顔を隠すように、帽子を深々とかぶり、目が悪くもないのに眼鏡をかけ、私は外出したのだった。
 有馬温泉は湯治場所でもあるので、わりと抵抗無く、人前に肌を出せたと思う。
 しかし、とてもきつかった。皮膚が痛いのだ。痛くて座っていられないぐらいだった。
 風が吹くだけで、皮膚がヒリヒリと痛んだ。本当にやけどのようだった。
 
 まだそんな状態の体で、迎えた5月10日。大阪の実家からの所要時間は1時間半。
 私は帽子と眼鏡に加えて、マスクを用意し、できるだけ人から見られないように厳重に隠して、家を出発した。
今から思えば、その格好はよけいに目立ち、怪しかったと思う。

 宇治駅に着き、改札を出たら、「生長の家」と書いたマイクロバスが止まっていた。
同じ電車に乗っていた女性が「ありがとうございます」と言いながら乗るのを見て、(あ、送迎バスだ・・)と思い、後に続いた。
 バスの車窓から見る景色は最高だった。小学4年生の時に学校の遠足で来て以来だったが、その時のことは何も覚えていないため、目に映るすべてが新鮮だった。
 しかし、宗教施設のバスに乗っているのを、外から見られるのがとても恥ずかしく、できるだけ見られないようにうつむいていたのをおぼえている。

 バスはわずか10分足らずで宇治別格本山に到着する。平等院より少し向こうだった。
突然バスが山道を登り始めたかと思うと、突然平地が広がり、その前に大きな、お寺のような建物がそびえ立っていた。
 ここで、10日間過ごすのか・・・。緊張が高まった。この時はすでにマスクははずしていたと思う。
 建物の入り口に若い女性が立っていて、笑顔で「ありがとうございます!」と言われた。もっと高齢の人が、はっぴとか着て出迎えるかと思っていたので驚いた。
 しかし・・・まだ何もしていないし、何も支払っていないのに、もう「ありがとうございます」か・・・。何か不安感が高まる反面、私を案内してくれる女性がとても親切で、心がとても癒されていく感じがした。

 こうして私の人生を変える10日間が始まった。木造の古い廊下を歩きながら、私はすでに心が解放されていくのを感じた・・・。ああ、これでよくなる・・・そんな予感が心の底から湧いてきていたのだった・・・。

(つづく)

 


            
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