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子育て

 先日、お墓参りに初めて行ったわが子の様子を書いたが、
おかげさまで2ヶ月を過ぎ、スクスクと元気に成長してくれている。

先日も、妻が友達に誘われお花見に出かけたが、その時も泣くことなく、
とても過ごしやすかったそうだ。

 この時も3日前から、「お母さんの大切な友達から誘われたので、お花見のできるところで、ランチに行くんだよ。
あなたも一緒に行くんだよ。きっととてもいい天気で、お花もきれいだよ!桜はうすいピンク色をしていてね、とても華やかに咲いているよ・・・・」

と、説明していたという。

 胎教が大切、というのは今では一般的だし、育児も、今は様々な教育法が提唱され、また脳科学の面からも、乳幼児に何をすればいいかまで解明されつつあるようだ。天才教育、IQ教育など、書店やDVDのコーナーでもたくさん見かける。私自身が生まれた頃とは比べものにならないぐらい、赤ちゃんの生態や脳は解明されてきている。

 赤ちゃんは何も見えない、赤ちゃんは何もできない、赤ちゃんは何もわからない・・・と思う人も少なくなってきている今日だと思う。
 しかしその一方で、育児ノイローゼで悩んだり、過度に知識を詰め込んで子どもに負担をかけてしまったり、親の希望にそった習い事や進路を幼い頃から強要したりする話もよく耳にする。

 結局、子どもをどう思うか、という根本的な人間観が、一番重要だと思う。

 子どもは何もわからないのではない、すべてわかっている。何もできないのではない、何も教えられていないのに、全身で生き、急速に生長している。
 
 でも、現象的に、目の前で泣いている赤ちゃんを見ると、本当に何もできず、何もわからなくて、泣いていると思って、オロオロする人もいる。

 幸い、私は生長の家で「人間は神の子。すべてがそなわっている完全円満な存在。現象的には不完全な点があっても、その奥にすべてを宿している。そしてそれを顕し出していくのが人生なのだ」と教えられた。
 そのおかげで、生まれたての乳児どころか、お腹の中にいてさえも、すべてが備わり、すべてがわかっている、と思える。ただ一つ、そう思い、それを信じるだけで、子育ては大きく変わると思う。

お腹の中にいる時から、話しかけ、今も普通に、決して赤ちゃん言葉ではなく、今日あったよかったことなどを子どもに話す。毎日そうしている甲斐があってか、初宮参りの頃から声を発しはじめ、今は2ヶ月を過ぎたばかりなのに、話しかけると、よく答えて、大きな声で「ああ、うう、ああ」と話してくれる。

 とはいえ、目の前で泣けばオロオロ、ウン、ウンうなれば、心配になることも多い。
 そんな時、妻は「大丈夫!」とドッシリしているので、あらためて母はすごいと感心する。
 そして、ああそうだった。人間はみんな神の子だ!この子は全部わかっている。
 わけもなく泣くことはない、と思い直す。

 生まれてたった2ヶ月。日々生長するわが子に、たくさんのことを学ぶ毎日だ。

 

  
 
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コメント

No title

子育てのご様子がめに浮かぶようです。とてもいいお話でした。

感謝です

「生長の家相愛会父親教室」へのご寄稿ありがとうございました。

「神の子だからすべてわかっている」
すばらしい子育て論(人間観)ですね。だからこそ、悩んだりもするのですが(笑)
でも総じて親の方が子どもから“力”をもらっているような気がします。
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