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私の体験14 どうしたら親に感謝できるのか?

大爆発を起こしたような状態となった私のアトピー性皮膚炎、その真っ暗闇な状態から、
「だまされたつもりで行ってみないか?」と知人にすすめられ、向かったのが、
京都府宇治市にある生長の家宇治別格本山の練成会。
 10日間合宿のような生活が始まり・・・・。

 ここまでの体験はコチラ→私の体験1 夜明け前 から順番にお読み下さい。

前回はコチラ→私の体験13 私の脳を揺さぶった言葉、それは・・・。

 座談会で楠本講師に、私の両親があまりにも仲が悪く、その間に挟まって、私は自分の人生を犠牲にしてきた、という話を延々としたのだが、返ってきた言葉は、私の脳をゆさぶる衝撃の言葉だった。
「ああ、あんた、それだ。親に感謝したらいいんだ。親に感謝したら、その病気はよくなるよ」
 感謝できなければ、この病気も人生もよくならないならば、私は一生このままだ、とその時思った。到底、生涯感謝なんかできそうにないと思ったからだ。
 学校の道徳でも、世間一般の常識でも、親に感謝ってことは、耳にしてきた。それはそうだろう。しかし、世の中には、とても感謝できない親も存在する。私の親がその典型的な事例だ。子供そっちのけでケンカを繰り返し、気に入らなかったら子供に当たる。私は親がそのような状態でも、非行に走ることもなく、むしろ、家族のことを考えて、仲裁に入って、自分のことは全部犠牲にしてきたのだ。感謝されるのは私の方ではないか!
 どうやって感謝するのだろう?
 私の頭の中で、「親に感謝」という言葉がグルグル回り始めた。
 「なぜ感謝しなければならないのか?」
 「どうやったら感謝できるのか?」

私にとって、初めて来たこの練成会で、大きなテーマとなってしまったのだった。

しかし、「なぜ?」という疑問に関しては、すぐに答えが出た。

なぜなら、繰り返し、繰り返し講話や体験談で語られるからだ。
講師はたくさんいるのだが、どの講師も皆、「親に感謝」と強調し、感謝して幸福になった体験を講話の中で話した。
 また、職員や、研修生、時には一緒に練成会を受けている人の中から、以前に受けて、親に感謝できた体験談などが次々に展開された。
 私は思った。
(一人ぐらい憎しみのパワーで、病気を乗り越えたとか、人生が好転した体験談ないのか)と。
 いわゆるハングリー精神とか、反骨精神とか、あるじゃないか。「何くそ!」と思ってはい上がった体験談があれば、参考になるのに・・・と思った。
 しかし、一人の例外なく、皆、親に感謝し、心おだやかになり、自分を肯定し、幸福になっていく体験談だった。

 繰り返し聞かされる、と言っても、ヘッドホンで耳をふさがれて・・・とか、どこかに閉じこめられて、正常な判断ができない状態で、という、いわゆる洗脳ではない。
 講話も体験談も、実にゆったり、まったりしていて、実に面白いということは以前にも書いた。
(私の体験4 ついに練成会始まる!驚きの講話) 
 
 何しろ、常連のおばあちゃんは、畳の上に座りっぱなしが辛いので、マイ腰掛けを持参している人がいて、寝ているか起きているかわからない、実に縁側のひなたぼっこのような状態で講話を聴いていたし、、足を投げ出している人、机に肘をついている人もいた。扉は開けっ放しで、出入り自由、話そのものが笑いの連続。そしてその中に、「なぜ親に感謝しなければならないのか?」その理由が、ちゃんと論理的に語られたのであった。
その内容とは・・・・。

(つづく)
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