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娘の寝顔と『100,000年後の安全』②

娘の寝顔と、いまだ収束しない原発事故。私は、願っているだけでなく、本気で未来のために自分ができることをしなければならないと思った。

 原発事故がなければ、わからなかったこと、考えもしなかったことはたくさんある。そういう意味で言えば、私一人にとっても大きな教訓となった。
 
 子どもの将来というと、私の頭の中に浮かぶのは、せいぜい長くて50年後ぐらいまでだろうか?私自身がその頃、まだ今世にいるかどうか、というところだろう。社会がどのようになっていくか、未来を見ることはできない。しかし、今と変わらず人類はそこにいて、現在の文明の延長線上に、社会があるように想像する。
 しかし、私が観た映画は、想像すらつかない未来のことを、真面目に考えている人たちが映し出されていた。それが、当人たちは、本当に真面目なのか、それとも、想像もつかないので、真面目ぶっているのか、わからない。ただ、その真面目さが、滑稽で、苦笑いがわき上がってくる。
 
 その映画は『100,000年後の安全』。

映画『100,000年後の安全』舞台はフィンランドのオルキルオト。世界で初めて建設されることになった、高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場にカメラを向けたドキュメンタリーだ。
 原子力発電所から排出される多量の高レベル放射性廃棄物は、どの国でも問題になっているが、いまだどう処理するかは課題である。
 それらの廃棄物は現在、暫定的に集積所に蓄積されているが、そのままでは自然災害や人災の恐れもあるため、フィンランドでは世界初の高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場建設を決定したという。
 ミカエル・マドセン監督自らがオルキルオトに赴き、関係者たちの取材を敢行する。最初に真っ暗なところで、マッチを一本擦り、その火で淡々と監督が語りかけてくる。

映画『100,000年後の安全』

 批判するでもなく、賛同するでもない。ただ、施設に関わる専門家たちにインタビューし、その言葉を撮り続ける。また、固い岩を削って作られる地下都市のような巨大システム建設の現場に潜入し、それを映し出す。

映画『100,000年後の安全』
 
 施設の耐用年数はなんと10万年。放射性廃棄物が無毒になる期間だ。施設は廃棄物が一定量に達すると封鎖され、10万年間、二度と開けられることはないという。しかし、そのような保証を誰ができるだろうか。
 
 ある人は語る。「一番怖いのは人類だ」と。10万年の間に、戦争があったり、あるいは未来の人類が、「これはなんだ?」と興味を持って、掘り起こしてしまわないだろうか?と。そこで、その処分場がある場所に、未来の人類に向けた警告の看板を立てるかどうか、真顔で議論しているのだ。六万年後には地球に氷河期が来ると予想されているらしい。そうすると、現在の文明の延長線上に人類がいるかどうかもわからない。何しろ、10万年さかのぼれば、現代人の直接の祖先であるホモ・サピエンスがアフリカを出て、世界に広がっていったぐらいの、いわば人類の歴史が始まるか始まらないかという頃なのである。

 高レベル放射性廃棄物が無毒化する10万年後まで、もし現代からの伝言がうまくいっていれば、私たちの子孫が、21世紀初頭に出した危険なゴミを、ずっと管理し続けないといけないのだ。また、もし伝言がうまくいかなければ、常に私たちの子孫は危険にさらされることになる。10万年後のこと、ではなく、10万年後まで続く、負の遺産なのだ。
 原子力というのは、かくも想像を絶するものを取り扱っているといえる。そして今、負の遺産を、未来に押しつけようとしているのだ。 
 私たちが便利で、幸せであったらそれでよいと言えるだろうか?隣で寝ている1歳の娘のたった10年後でさえ、心配し、よりよい社会になってほしいと願うのに、このようなことで築かれた社会が幸せと言えるのだろうか。

 映画はただ淡々と伝えている。私は映画を観ながら、娘の寝顔を思い出していた。
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tag : 100 000年後の安全 環境問題 育児 原発 自然 映画

娘の寝顔と『100,000年後の安全』

 昨年2月に生まれた娘は、現在1歳4カ月となった。2回の流産の後、宿ってきてくれた娘が誕生する時の話は、以前ブログでも書いた。

こちら→ご報告~生まれました
    
WEB版 父親教室に載せていただきました。

 また月刊誌『いのちの環』でもエッセイとして掲載させていただいた。

 『いのちの環』vol.4に掲載していただきました!

 歩くのも、歯が生えるのも、話すのも早く、1歳の子供とこんなにもコミュニケーションがとれるものだったのか、と毎日驚きの連続だ。
 私が帰ると、必ず「おかえり~~~!」と言って喜んでくれる。最近は「おかえりなさい!」と言っておじぎをする。自分が美味しいと感じたものを、私にも食べさせようとする。一緒に手をつないで歩くと、鳩が飛んでいること、道ばたに花が咲いていること、風が吹いていることにも、驚き、感動し、私に教えようとする。
 私は、たった1年ちょっとで、娘からたくさんのことを教えてもらっていると思う。そしてたくさんの親孝行をしてもらっていると感じる。
 仕事で遅くなった日は、もう寝ている。こっそり近寄って「ただいま」と小さな声で話しかける。しばらくその寝顔を見ているだけで、一日の疲れはすべて吹っ飛んでいく気持ちになる。

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 いつもその幸福な寝顔を見ながら「どうか、元気に育ってほしい」ただそれだけを願う。そして、この子が大きくなった時に、いっそうすみよい社会、美しい国、素晴らしい世界であってほしいと切に、切に、心から思うのだ。
 3月11日の東日本大震災直後に起こった原発の事故は、ますますその思いを強くした。いや、願っているだけではだめだ。本気で、娘やこれからの子供たち、未来の世代のために、自分ができることをしなければ。今、行動しなければ!と、心の底からつきあげてくるのだ。

 地震発生翌日の3月12日、福島第一原発の1号機が水素爆発を起こした。
そしてその2日後の14日、今度は3号機が爆発した。当初から非常事態宣言が出され、
避難勧告もあったが、「直ちに影響がない」などの繰り返しで、かえって国民に不安を駆り立てていたが、
3カ月近くたった今では、メルトダウンどころかメルトスルー、放射性物質は、かなり広範囲に拡散したことがわかってきた。福島県内の学校の校庭どころか、東京都内でも、放射線量の数値がかなり高いところがある、という測定結果も出ており、最も影響を受けやすい乳幼児を持つ親としては、誰もが不安であるか、あるいは逆に、「考えたくないことは考えない」という人間の性質(この性質について、5月30日の『日本経済新聞』で畑村洋太郎・東大名誉教授が述べている見解。総裁・谷口雅宣先生がご自身のブログで紹介されている)と、「大丈夫だろう」という根拠のない希望的観測で日々生活をしていることだろうと思う。

 今回の事故がなければ、日本国内に原子力発電所は、まだどんどん増設される予定だった。どうしてこんなことになってしまったのか、政府や東京電力の対応に、腹立たしく思い、責任はどこにあるのか、と問いたくなる。

 しかし、それでは私には無関係の出来事が起こったのかというと、そうではない。私は、電気が発電所から送られていたことは知っていた。またそれが東京のど真ん中ではなく、福島など、人口密集地から離れたところに建てられ、送られてきていることも、何となく知っていた。しかし、それをまったく意識したことはなかった。どこで、どのような方法で電気が作られ、送られてきているか、ということを考える機会はなかった。ただ使っていたのだった。
 選挙で投票する時に、エネルギー政策に対する視点を持っていたか、原発がどのように推進され、立地した町がどのような状況であるかを理解してきたか・・・。
 私はまったく何も知らず、考えず、ただエネルギーの恩恵にあずかっていた。
 地球温暖化も、原発の問題も、自分はまったく蚊帳の外で、無関係だと言い切れるか。子供のためにすみよい社会を願うだけで、後は人任せにしておいて、責任がないと言えるだろうか。

 そう思うと、娘の寝顔を見ながら、申し訳なくなってくる。今からでも、私ができることをしないといけない。そして5年後、10年後、20年後・・・少しでもその時代を担う人たちに、よりよい形でバトンを渡していかなければいけないと思うのだ。

 今、手元に1992年、リオデジャネイロで行われた環境サミットで、たった12歳で行動を起こし、スピーチを行った、セヴァン・スズキの映画『セヴァンの地球のなおし方』の広告がある。そこには次のようなメッセージが書かれている。

「自分の子どもを心配する両親こそ環境問題の一番の希望だと思います。人々が将来について本気で心配するとしたら木々やハチのことではありません。自分たちの子どものことです。」
 そのとおりだと思う。

 しかし、わが子を心配し、将来を本気で心配するなら、わが子だけを心配していても、前に進まないのだ。わが子のためには、木々もハチも、地球も、愛しなければならない。なぜなら、それらこそ、将来のわが子を支えてくれる、頼もしい仲間たちなのだ。

 こうして娘の寝顔を見ながら、比較的短いスパンの未来に思いをはせている時、私はある映画を観たのだった。その映画のタイトルは『100,000年後の安全』。それは私だけでなく、今を生きる人類全員の、思いも及ばない遙か未来に対して、思いをはせる映画だった。

(つづく)

tag : 映画 自然 原発 育児 環境問題 100,000年後の安全

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